
【文・畑史進(編集長Twitter):https://twitter.com/hata_fuminobu】
いよいよ年度末に入ってゲームソフトも充実してきた昨今、ニンテンドーダイレクトやPlayStationの「State of Play(ステート・オブ・プレイ)」で、欲しいソフトも色々発表された。……まあ、買うけど遊ばないことも多いんだな、これが。 発表された瞬間が一番のピークで、惰性で買ったはいいものの、他のやりたいゲームを優先してしまったり、「そのうち気分が乗ったときに遊び倒そう」という流れが最近は本当に多い。 遊びたい気持ちはあるし、ゲームに対する熱量もある。大手メーカーだろうがインディーだろうが関係ない。ただ単純に、最近はゲームが多すぎるんだ。良いことなんだけどね。
さて、最近もみんな大好き「人間動物園」ことTwitterを眺めていたら、公式配信のコメント欄について「酷すぎるので封鎖してほしい」という書き込みを見かけた。投稿者はゲーム好きを思ってツイートしたのだろうし、それ自体に否定的な感情はない。概ね賛同する声も多かったが、そのなかでひときわ目立つ引用ツイートがあった。
ニンダイといい、State of Playといい、もう日本語のチャット欄は封鎖していいんじゃないかな
ゲームが好きな人にとってあのチャット欄なくても誰も困らないでしょ pic.twitter.com/rCeF51OSQa
— アンソニー (@Anthony__sota) February 12, 2026
ここからは少し経過を交えて書くので長くなる。概要を知っている人は読み飛ばしてほしい。
その人は九州でインディーゲームを制作されている方のようで、こう綴っていた。
最近、日本のゲームユーザーは心の余裕がないのかなと感じることがある。
例えば、リリースしたゲームにバグがあったんたけど、海外のユーザーは「バグがあったよ。でも面白いから⭐️5」ってレビューしてくれて、そのバグの動画までメールで送ってきてくれた。… https://t.co/mgV69fqci8 pic.twitter.com/wbdqJj0y8D— むげんびっと@九州をゲームアイランドに! (@Mugen_Bit) February 13, 2026
「最近、日本のゲームユーザーは心の余裕がないのかなと感じることがある。 例えば、リリースしたゲームにバグがあった際、海外のユーザーは『バグがあったよ。でも面白いから星5』とレビューして、動画までメールで送ってきてくれた。 一方、同じバグに遭遇した日本のユーザーは『バグがあった。時間の無駄』とレビューに書き、さらに『時間の無駄だった』という趣旨のメールまで送ってきた。バグの原因を知りたいので教えてほしいと返信したら、『自分で調べろ』と返ってきた。 こんなことばかり続いたら、そりゃ日本語対応をやめるメーカーが増えるのも当然だよなと思う」
この方はさらに、自身のゲーム紹介を交えながらこう続けている。
この方は終盤まで進んでいたので、バグのショックもあったのかもですが、何度も何度もやり直す前提のゲームなので…
ちなみに叩かれたゲームはこちらです。昨日リリースしたばかりで、確かに小さなバグがまだあるのは誠に申し訳ないのですが😢Google Play(iOSは申請中)https://t.co/Wh8vygOg1V
— むげんびっと@九州をゲームアイランドに! (@Mugen_Bit) February 14, 2026
「この方は終盤まで進んでいたので、バグのショックもあったのかもですが、何度も何度もやり直す前提のゲームなので……。 ちなみに叩かれたゲームはこちらです。昨日リリースしたばかりで、確かに小さなバグがまだあるのは誠に申し訳ないのですが😢」
一連のツリーを追うと、そこにはバグに遭遇して怒り心頭のプレイヤーに対し、状況を問うているメールのスクリーンショットまで添付されていた。 「時間の無駄」とレビューされたこと自体に怒りはないが、謝罪して詳細を尋ねたのに「自分で調べろ」と返すやり取りに、何の生産性があるのかと疑問に思っているようだ。
「バグでやる気を無くした。時間の無駄だった」とレビューされたことに対して怒りなどは全くないんです。… pic.twitter.com/625RVq7Jas
— むげんびっと@九州をゲームアイランドに! (@Mugen_Bit) February 14, 2026
まずこの流れを整理すると。 「公式配信のコメント欄は質が低いから不要」という意見に対し、自身のバグ被害にまつわるエピソードを被せ、差出人は伏せているもののユーザーとのメールを晒した。 この後、紹介したゲームのダウンロード数は伸びたようで、炎上商法に近い形にはなったが、本人はnoteで「タイトル認知が向上して遊んでもらえた」と綴っている。まあ、結果オーライなんだろう。
ただ、最初に思ったのは、クリエイターが「ユーザーからの生の声」を晒すという神経が理解しがたい。こんなことをされたら、今後この人のゲームを買おうとは思わなくなるんじゃないか?
その点を除いても、この「日本語コメント欄封鎖提案」から派生した「日本人は心の余裕がない(レビューが厳しすぎる)」という論調。これに対して思うのは、単に**「日本語話者としての認知バイアス」と、「インディークリエイターの立場が弱いゆえの悩み」**の二点だ。
先に言っておくと、エンタジャムはインディークリエイターの新規IPの創出は応援しているし、個人的にも面白いものは積極的に紹介していきたいと思っている。お金があれば支援もするべきだと思っている。そういう立場から少しこの問題を考えたい。
1. 日本語バイアス
果たして日本人だけがやたらと厳しいのか? と言えば、そうでもない。 英語が読めれば、海外の方がよっぽど酷いスラングが飛び交っているし、興味のないものには「zzzzz(退屈)」とあからさまにアピールする。スパムの量だって海外の方が圧倒的に多いだろう。Xboxの「Games Showcase」などを観れば一目瞭然だ。

じゃあ、なぜ「日本人は酷い」と言われるのか。 端的に言えば主語がデカいだけだが、本質的には「日本人だから日本語の方がよく分かる」というだけだ。日本人は識字率がほぼ100%で、良くも悪くも頭パッパラパーからインテリまでが、日本語の文章を読み書きできる。 今回問題を提起した方も含め、日本は50年近くゲーム産業の先進国で、メーカーもクリエイターも、そして視聴者もほぼすべてが日本語を使う。だからこそ、特有の「チー牛」や「キモータ」「チカニシ」「ゴキブリ」などスラングが通用する。スラングの先にある文脈を読み解く人もいれば、そのまま受け止めてしまい、ダイレクトに食らってしまう人もいる。 こうしたローカルな事情や認知バイアスをすっ飛ばして「日本人ゲーマーは否定的だ」と断じるのは、流石に頭ごなしすぎる。
かつてバンダイナムコで『鉄拳』のプロデューサーを務めていた原田勝弘さんも似たようなことを言っていたが、マイナスレビューを上げがちという傾向はあるにせよ、そこから「コメント欄封鎖」や「心の余裕」にまで話を広げるのは飛躍しすぎだ。
日本のゲームメーカーもコメント欄を封鎖してほしいという思いはあるかもしれないけど、ほとんどの大手メーカーが日本にあるという凄さの裏返しだと思うしか無いと思う。(一応言っておくが、罵詈雑言が許されるというわけではない)
2. インディークリエイターの立場が弱いゆえの悩み
これは非難を承知で書くが、件のクリエイターも、その立場ゆえにきつい現実に直面して心が折れかけたのだと思う。大手メーカーならチームで動くし、どんなクソミソなレビューを書かれても「メーカーの看板」が守ってくれる。
しかし個人や少人数だとそうはいかない。デバッグしたつもりでも想定外のバグが起き、マイナスレビューに繋がる焦燥感は想像に難くない。形にしているだけでも、わしみたいなウンコ製造機よりよっぽど凄い。 だが、それとレビューの話は別だ。 メールを晒し上げるのは論外として、ゲーム内容についても言及したい。ジャンルはいわゆる「不思議のダンジョン」系のローグライクだという。

送り主は、かなり奥深くまで進んだところでアイテムが消失するバグに遭遇したそうだ。この手のゲームを遊ぶ人なら分かるが、育て上げた装備が急に消えたら、そりゃあブチギレる。プレイヤーのミスなら消化もできるが、ゲーム側の不備となれば話は別だ。 ローグライクを作るなら、こうした致命的なバグは徹底的に潰してから出すのが筋だし、個人制作で発見が難しいという事情があるにせよ、甘えは許されない。 ましてや、「何度もやり直す前提のゲームなので……」という発言は、バグでデータを失ったユーザーからすれば「開き直り」と取られても仕方がない。
補足するとインディークリエイターは制作チームが乏しいゆえにバグチェックを怠ってしまいがちで、バグが生じたときには購入したユーザーに報告してもらってそこから改善するという文化が形成されている。自分も仕事先や先だってプレイさせてもらったゲームに対してバグを発見したらこそっと報告して上げている。(中には鼻で笑われてその後に発売して大炎上したモンスターなゲームもあったけどね)
まぁ大手メーカーも最近はユーザーにデバッグさせてあまつさえPCもぶっ壊し、PS5もクラッシュさせるとかあるからなんともいえん。いや、しっかりしろよお前らはと思う。
最近はインディーゲームという言葉が浸透し、「作家性」や「独自性」が尊重されるようになった。しかし、そこに甘えて**「客観性」**が抜け落ちてはいないか。 一般のユーザーからすれば、ストアに並んでいる以上、任天堂やカプコンといった大手と同列の「商品」なのだ。「インディーだから」という言い訳は通用しない。
インディーというマイノリティーな立場だからこそ、一言一句に右往左往してしまうのは理解できる。だが、どれだけ市場が成熟しても、この「大手と同列の商品である」という意識が欠如したままでは、土壌が腐っていくだけだ。
自分の作家性を保持したい一方で、金銭が発生する商材としてリリースしている。それなのに、レビューに対してバイアスのかかった「日本人論」を持ち出すのはいかがなものか。 最近のインディーの見本市などを取材していても、クリエイター側に弱者ビジネスに近い少し「甘え」があるんじゃないかと感じることがある。
これから大きくしていきたいという夢があるなら、なおさら矢面に立ってどんと構えてほしい。弱い立場であっても、その弱さに甘えているうちは、本当の意味で誰からも相手にされないのではないだろうか。



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