【連載コラム】畑史進の「わしは人生最後に何をみる?」 第6回 『男はつらいよ お帰り 寅さん』観てきたんで、公開までに作品を最大限楽しむ為に準備するアドバイスを

今年の12月27日。日本映画史上最大、最強のビッグタイトルの新作がやってきますねぇ。
『男はつらいよ お帰り 寅さん』

実は今年、『男はつらいよ』第1作の公開から50年目という節目の年で、なにか仕掛けをしてくるだろうなぁと思っていたけど、4Kブルーレイだけじゃなくてまさかの新作到来とは。「生まれてきてよかったなぁ」と思える数少ない一つのイベントに遭遇できましたよ。
渥美清のいないストーリーをどうするのか、49作目は殆どリファインものなのにカウントしちゃったとか色々あって、観る前はシリーズ物としては重要な要素が欠落しまくっていることを予想していたんで「2019年のダークホース映画」じゃないのかと思っていたら意外にもちゃんとストーリーは作られていて、しっかりと新作映画として練られていたんで最後まで飽きることなく集中できたんですよ。

断言しちゃうと、思い入れ補正もあって今年のNo.1映画です。

簡単にざっくりとシリーズ全体のあらましを紹介すると『男はつらいよ』は日本中をテキヤ家業で食いつなぎながら旅する車寅次郎(渥美清)が故郷の葛飾柴又に帰る度に騒動を巻き起こし、柴又や旅先で悩める女性と恋に落ちて、失恋する物語。
もとは1968年にフジテレビのテレビドラマから始まった作品で、最終回では奄美大島でハブに噛まれて死んでしまうという結末で、これが予想以上に反響をよんで翌年に映画化が決定。当時、テレビドラマの映画化というのは前例のないことで、完成後から公開までに塩漬けの期間が発生してしまった。

車寅次郎を演じた渥美清は「スリーポケッツ」という漫才トリオで一世を風靡し、その後は『トラ・トラ・トラ』『拝啓天皇陛下様』『父子草』で銀幕スターとしてその名を連ね、『渥美清の泣いてたまるか』や『おもろい夫婦』でお茶の間も席巻したんだけど、これは当時の芸能事情を踏まえるとかなりのレアケース。というのも、戦後のスターたちというのは「銀幕でしか見ることができない」という特殊な存在で、テレビが登場しても銀幕のスターとは切り分けて起用するという考えが暫く続いていた。

その上、前例のないテレビドラマの映画化だから、公開までに時間がかかって8月になって公開されたというわけだ。
その後は年に3回公開される時期もあったけど、72年からはお盆と正月期に公開する流れが決まって、定番映画として27年に渡ってコンスタントに公開された(注:平成に入ってからは渥美清の体調の関係から年1回の正月に固定化)。

シリーズが長寿化すると、寅次郎のイメージを崩さないために他作品への出演を減らしたという話は有名な話で、晩年NHKの特集番組が作られるまで素顔を殆ど晒すこともなかった。それ故に「渥美清=車寅次郎」というイメージが完全に固定化され、渥美清の死後は松竹のドル箱シリーズでありながらも代役の案に行くことなく、一度幕を降ろした。この様なシリーズ作品は世界中探しても他に例がなく、日本映画史だけでなく世界に誇れる邦画作品と言っても過言ではない。

そんな歴史の深いシリーズの最新作を端的に言い表すと、「50作全部見た人への御礼、ご褒美作品」で、いきなり鑑賞に臨んでも100%楽しめない。10%も楽しめるかどうかさえ怪しい。そんな本作を骨の髄まで楽しむとなったら『アベンジャーズ』以上の覚悟を臨んで総ざらいをしなければならないが、それは忙しい現代人には酷だ。
そこで、シリーズを3周した僕から本作を70%まで楽しめるようまずは抑えてほしい作品をいくつか紹介する。

『男はつらいよ(第1作)』
『寅次郎忘れな草(第11作)』
『寅次郎相合い傘(第15作)』
『寅次郎夕焼け小焼け(第17作)』
『寅次郎ハイビスカスの花(第25作)』
『寅次郎物語(第39作)』
『ぼくの伯父さん(第42作)』
『寅次郎の休日(第43作)』
『寅次郎の告白(第44作)』
『寅次郎の青春(第45作)』
『寅次郎紅の花(第48作)』

なんだ!?1/5もあるじゃないか!と面食らうかもしれないけど、これでも第50作を楽しむために極力絞ったほうだ。
特に11、15、25、48は寅次郎にとって最愛のマドンナ、リリー(浅丘ルリ子)が登場する回で、基本的に1作限りで退場するマドンナ群の中ではダントツの出演数を誇っているし、それだけシリーズにとって重要なエピソードであり、ファンからも熱い支持が得られている。もし時間がなければ49作目の『寅次郎ハイビスカスの花 特別編』という総集編もあるので、これで済ませても問題ない。

42~45、48は渥美清が体調の面で出演シーンを減らして、甥の満男(吉岡秀隆)にスポットがあたり、後輩の泉(後藤久美子)と愛を育む作品群で、これらも欠かすことができない。
11作も見られないという人も、先に上げた49作目と、この「満男&泉」の6作品だけはマストで抑えないと楽しめない!
17作の『寅次郎夕焼け小焼け』はファンの間で最も人気の高いエピソードで、寅次郎が粗暴な人間でも何故ここまで愛されているのかという彼の本質がが最も出ている作品。
39作目の『寅次郎物語』は入れるかどうか迷ったけど、寅次郎の子供時代の設定が一新されたエピソードであるのと同時に、50作目を鑑賞した時に山田監督が散りばめたシリーズの真骨頂を感じることができなくなるので、余裕があれば観てほしいところだ。

さて、ここまで抑えてほしい11作を紹介したけど、単にぼーっと観ているだけでは良くないので、シリーズの醍醐味を紹介して、「この観点を持ち合わせて観てほしい」という点を紹介しよう。

この50作に渡るシリーズは詰まるところ「身の程知らずの男の失恋ドラマ」で、寅次郎が巻き起こす騒動に笑い、涙するわけだけど、何度も見返していると喜劇や悲劇の枠を超えた壮大な人生訓が入っていることに気づく。

「人間は生きていく上でどうあるべきか」

これは多くの映画で取り扱われるテーマだけど、その殆どはどんなにメッセージ性が強くても90分から120分の尺で終わってしまう。
こういった作品は俳優の顔をメイクで若くしたり、老けさせたり、あるいは作中で「〇〇年後・・・」と時間を飛ばしたり、キャストを変えたりして時間経過を表現することが往々にしてある。一方、『男はつらいよ』シリーズは数作飛ばしてキャラクターを登場させるので、鑑賞者が作品を観ていくと同時にキャラクターの成長を実感して共に喜ぶこともあれば、かつては派手だった人の没落ぶりに人生の悲哀を感じることになる。
壮大な「アリとキリギリス」がこのシリーズのもう一つのテーマと言ってもいいだろう。

テキヤ家業の寅次郎の周辺人物は本人含めて浮世人そのもので、戦後日本社会のレールから外れて生活する人が多く、その殆どが「楽しければいい」というその場しのぎや、自堕落な生活をしている様相が映し出される。
そんな人物が数作(まれに数十作)おいて再登場すると、生活が一変して過酷な状況に追い込まれていることが多い。ここで「カウンター映画」を見た時の「ざまぁみろ」という単純な気持ちが抱けるかというとそうでもなく、当然だと思いつつもキャラに対しどこか哀愁や不安な心持ちを観る側に抱かせる。
こういったシーンは山田監督の持つ人間観察力と演出力、そして27年という歳月をかけて作り上げたシリーズならではの醍醐味で、今回挙げた11作品にもそうした「アリとキリギリス」の要素が入っているので可能であれば時間を空けて、念頭に入れて観て欲しい。

また、今作は渥美清は新セリフを発することは無いものの、登場人物たちが車寅次郎の文化的遺伝子(MEME)を残された人物たちが継承していることが感じられる。これ以上は詳細に言えないけど、しゃぶりつくすように鑑賞した人なら「あぁ言う言うそれ!」と気付ける”仕掛け”が随所に仕込まれている。
そこに気付けたら、ここまでサブタイトルを『寅次郎〇〇』と代々付けていたのに対して「お帰り 寅さん」という少し浮いた題名にしたことも納得が行くはずだ。

こうした寅さんらしさを残しつつ、ただのアニメの総集編のようなまとめに留めず、未来に歩める形を作った作品だからこそ、思い入れの深い僕からすると今年のBEST1にせざるを得ないのだ。

そしてこの83時間20分に渡る壮大なシリーズは、山田洋次という映画に一生を捧げた人間が大半の時間を使って作り上げた一つの作品であることも頭に入れておいてほしい。
話は変わるが、山田監督は『ニュー・シネマ・パラダイス』が相当お好きなようで、渥美清の急逝後、本来49作目となるはずだったシナリオを書き換え、代替の作品として作った『虹をつかむ男』は、『ニュー・シネマ・パラダイス』をそのままなぞったような構成となっている(この作品は渥美清の追悼作品としての側面も持っていた)。

第50作目は「くるまや」の人々がその後どの様な人生を歩み、登場人物たちが再会する過程で寅次郎の思い出を振り返ることがあらすじからわかっており、過去作品の映像が使われることも判明している。
87年の人生のうち27年もの時間を『男はつらいよ』という作品に費やした山田監督が過去の作品を回想的に使い、新撮部分を合わせて一本の作品に仕上げたという手法は、『ニュー・シネマ・パラダイス』に近しい部分もあり、セルフ『ニュー・シネマ・パラダイス』ができるのも全世界を探しても山田監督しかいないだろう。余力があれば、『ニュー・シネマ・パラダイス』と『虹をつかむ男』も抑えてほしいところだ。

また、山田監督は役者の現状や過去の経験を作品に反映することもある。
『寅次郎夕焼け小焼け』に出演した女優、岡田嘉子はまさにその一例で、駆け落ちスキャンダルやソ連に亡命するなど波乱の人生を歩んだ彼女に「人生、あの時あぁすればよかった、こうすればよかったかもしれない」という旨のセリフを宇野重吉に向けるシーンを用意するなど、俳優の真に迫る演技を極限まで引き出す環境を作ろうとしている。

後藤久美子もF1レーサーのジャン・アレジと結婚してからフランスに移住し、吉岡秀隆もシリーズと同じ昭和を舞台にした『ALWAYS 三丁目の夕日』で芥川賞を目論むも、落選を繰り返す冒険活劇作家の役を演じていた。
また、吉岡は私生活でも内田有紀と離婚していることも念頭に入れておくといいだろう。

こうした役者の人生をも新作に盛り込んでいるため、22年のブランクがあっても、ただ俳優に役をカムバックさせるだけでなく、そこから先に何があったのかを含ませることも折り込んでいることを考えると、シリーズそのものが俳優史の一面を見せていることもわかるだろう。

最後に、今回振り返り鑑賞をする人に小ネタ的な話をすると、『男はつらいよ』シリーズではほぼ毎回、柴又駅から寅次郎を見送るシーンが入っている。
ここで到着した車両の窓をよく見ると、多くの観衆がロケを見守っていることが判明する!
現在ではCGでいくらでも消してしまえる部分ではあるけど、こうした部分でも当時の熱狂ぶりが垣間見えるので、余裕があったら凝視して欲しい。

本当はまだまだ書きたい部分もあるけど、これ以上書くと50作目の内容に切り込むことになってしまうので、このへんで止めておく。本当はこの作品に何かしら関わりたいと思うくらいで、僕もまだ30歳なのに我ながらよくここまで見ている方だと思う。

昭和、平成に渡って作られて終止符を打たれた本作が、令和最初の年に公開される記念作品だけでなく、本当のピリオドを打つために作られた渾身の作品であることがわかっていただけたら、書いたかいがあるというものだ。
これは50年に一度有るか無いかのお祭り行事なので、是非ビッグウェーブに乗りそこねないよう徹底して準備してほしい!

そして、なにより一番やりたいのはこのシリーズを手掛けてきた山田洋次監督に30分でも良いからインタビューしてお話が聞きたい!高井研一郎氏の漫画や小説版の話、根掘り葉掘り聞きたいことも山ほどあるし、そのために中々お目にかかれない資料も手に入れたんでそれをもとにルーツを聞き出したい!

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