鶴岡 亮のデンジャーゾーン 第十三回・邦画でSFパニック映画に挑んだ『AI崩壊』

 

【文・鶴岡亮】

鶴岡亮Twitter:https://twitter.com/ryoutsuruoka

 

SFパニック映画と聞くと国家や地球を揺るがす未曾有の大事態が発生して、それに主人公が巻き込まれ、その問題に対して果敢に立ち向かう物語が連想される。

そうしたパニックSF映画の多くはハリウッド大作映画であり、『ディープ・インパクト』『アルマゲドン』『デイ・アフター・トゥモロー』『ジオストーム』等の作品が連想される。

 

邦画では『復活の日』『さよならジュピター』『日本沈没』等が挙げられるが、ハリウッド大作と比較すると予算の潤沢さ、技術的なハードル、大規模ロケが可能な地域の少なさ等、パニックSF映画を制作するのが困難なのが邦画業界の現状である。しかし、入江 悠監督はそんな状況下に反旗を翻すが如く、原作無しのオリジナル脚本で『AI崩壊』というSFパニック映画を作り上げた。『AI崩壊』はもしもAIが暴走したらどうするか?という王道的なプロットを基に、現代日本的世相を組み込んだSFパニック映画として作られている。

 

<現実的モチーフから描き出されるAI崩壊の世界のリアリティ>

 

(物語)国民の個人情報、健康等のライフラインを統制する医療AI「のぞみ」が突如暴走し、生きる価値のある人間を選別、不要な人間を殺戮し始めた。そんな中「のぞみ」の設計者である桐生浩介(演-大沢たかお)はAIを暴走させた容疑者として疑われ、国家に追われる身となる。こう聞くと無実の罪でFBIに追われる『逃亡者』や、NSA(国家安全保障局)の監視ネットワークに追われる『エネミー・オブ・アメリカ』の猿真似では無いか?と感じる映画ファンも居ると思われるが、本作はこの基本プロットを基に、日本の社会問題を加える事によって独自性を産み出すことに成功している。

 

AI(のぞみ)は暴走後、年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴を基準に生産性の無い人間を淘汰して生産性のある人間のみを残そうとする。これは近年の政治的状況を踏まえると、政治家の「生産性発言」や与党の「富裕層優遇政策」等の日本の現実社会に犇く発言や政策をメタフィクション的に連想させる。そうした現実社会を思い起こさせる演出がある為、観客は「自分は生産性のある人間か否か?」という擬似的な権力の間引き選定に晒され、この舞台設定によって恐怖心に晒される。それに対抗して、警視庁管理官の桜庭 誠(演-岩田 剛典)が捜査AI(百眼)を起動して桐生を追い詰めていくのだが、百眼を使って監視カメラ、インターネット等を駆使して「容疑者の捜査」を名目に個人のプライバシーを侵していく描写は、近年論議されている大企業や国家がネットワークを介して個人情報を管理している現状に疑問を突きつけられる内容になっている。

百眼がアクセスする監視カメラに映る人々の個人情報も、全て一緒くたに紐付けされているシーンもマイナンバー制度を思い起こさせ、もしそれらが権力者に悪用または流出すればどうなってしまうのかという日本の現実社会の問題との関わりを感じずには要られない。こうした各々のシーケンス毎に「日本の現実社会の問題」を配合する事によって、『AI崩壊』は日本でパニックSF映画を創る意味合いを生み出し、単なるフィクションでは無く現実社会への問題提議を投げかける作品に仕上がっている。

 

<現代の延長線上のビジュアル>

 

『AI崩壊』の美術は10年後の日本社会を想定したものが幾つか登場する。登場人物が飲食を摂る時にドリンクに紙ストローを使用している所があるが、これは既に欧州では環境に害を与えるプラスチックゴミを増やさないようにするための対策として導入済みのモノである。大手フランチャイズのスターバックスも2020年を目標にプラスチックストローの取り扱いを禁止する目標を掲げている。欧州ではこのような環境対策が活発で、その余波を受けて日本も遅れながらも環境省や業界団体でも対策が始まっていて、10年後の日本では恐らく紙製ストローが使用されているだろうという推測の元で劇中で使用されているのだろう。劇中で桐生が逃亡先に逃げ込む地方は都心の発展から取り残された古びた街並みとなっている。このビジュアルから日本の都心と地方の地域格差がこのまま進めば10年後にはこういう状況になるというコンセプトが感じられ、こういう未来が来てしまうのかという不安感に苛まれる。逃亡した桐生を追跡するために一見SFじみた虫型のドローンが登場するが、現代でも米海軍研究所で開発された「HIVE」という母艦ドローンから大量に投下される「CICADA(セミ)」という虫型偵察機が存在し、ハーバード大学の研究チームが作り上げた2センチの四枚羽を搭載し飛行が可能な「RoboBee-X-Wing(ロボビーエックスウイング」という昆虫型ドローンが既に実在する。映画的なハッタリは利かせているものの、『AI崩壊』に登場した昆虫型ドローンの試作型のようなモノは既に実在している為リアリティを感じることができる。

 

 

豪華俳優陣が演じる主要人物達>

 

『AI崩壊』は主要人物に豪華俳優陣がキャスティングされている所も見所。主演を務める大沢 たかお氏は科学者であり一児の父である桐生浩介役柄に合わせる為、『キングダム』で鍛えあげた肉体を等身大の父親像に寄せ、挙動やアクションでの走り方も年齢相応の一般人を意識した演技プランで演じてみせている。AI(のぞみ)とそのモデルとなった桐生浩介の妻・望役は松嶋菜々子氏が担当。登場時間は少ないながら作品の核となる存在感を醸し出している役柄だ。その弟でAI(のぞみ)の管理・運営をするHOPE社の社長・西村 悟役は賀来 賢人氏が担当。桐生浩介の義兄弟としての絆を感じさせる演技を披露している。

 

役者的にも大沢氏と賀来氏は師弟関係にも見える瞬間が多々あり、互いの演技にリスペクトしている感が伝わってくる。岩田 剛典氏は端正なルックスを活かした落ち着いた演技で警察庁の管理官・桜庭 誠役を演じている。岩田 剛典氏の演技はプロフェッショナルな雰囲気を醸しだしながら、どこか機械的な冷淡さを感じさせ、目的の為なら手段を選ばない権力者側の非常な人間を見事に表現している。三浦 友和氏が演じる古株刑事・合田 京一役も素晴らしく、近未来を舞台にした作品の中で昭和の刑事でアナログ主義な彼のキャラクターは独特の異彩を放ち、粗暴な人柄からヒューモラスさが感じられの安心感を与えてくれる。合田 京一の相棒役の生真面目な奥瀬 久未役を演じる広瀬 アリス氏との相性も素晴らしく、往年の刑事ドラマを彷彿とさせる二人のバディ感がAI(百眼)を操る桜庭 誠との対比構造を上手く産み出している。

 

テンポの良い編集

 

『AI崩壊』は上映時間が131分という長尺であるにも関わらず、長尺さを感じさせない作品である。こういった追跡劇を題材にしたパニックSF映画は、主人公の置かれてる状況と追跡者側のバランスに気を使いつつ、アクション、サスペンスの要素を合間に含みながらテンポの良さを重視しないといけない。特に長尺映画だと尚更それらを重視しないといけないのだが、今作は鑑賞中も特にこのカットは無駄だと思わせる描写は無く、必要最低限のモノをしっかりと詰め込み、集中力を途切らせる事無く映画として一気に見せるテンポを作りあげている。それを成し遂げた入江 悠監督と編集を担当した今井 剛氏の編集手腕は見事の一言に尽きる。このテンポの良さこそ、ハリウッド映画のビッグバジェット要素を邦画に持ち込んだような出来映えに導いた一因となったといって良いだろう。恐らく、製作陣はハリウッドの大作映画のようにテンポ良く万人に映画を観せるという所にかなり気を使っていたのではないだろうか。

 

『AI崩壊』は、ハリウッドのSFパニック映画の流れを日本的要素を持ち込んで作り上げ、豪華キャストと巧みな編集技術によって万人に薦められるエンターテイメントとなっているので、是非とも鑑賞して頂きたい。

 

邦画で大作パニックSFを撮ったという功績を果たした入江 悠監督とキャスト、スタッフ、製作陣に敬意を払いたい。この作品が後に続く邦画SF活性化への道に繋がる様に。

 

 

 

 

 

┃タイトル:『AI崩壊』
┃公開表記:2020年1月31日(金)全国公開

監督:脚本:入江悠(『22 年目の告白―私が殺人犯ですー』)

出演:大沢たかお 賀来賢人 岩田剛典 広瀬アリス 髙嶋政宏 芦名星 玉城ティナ 余 貴美子 松嶋菜々子 三浦友和

主題歌「僕らを待つ場所」AI (EMI Records / UNIVERSAL MUSIC)
配給:ワーナー・ブラザース映画 (C)2019 映画「AI 崩壊」製作委員会

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