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ポンコツ野郎の人生にフリーダムファイト! by ジャンクハンター吉田 第10回 映画秘宝の歴史から抹消された映画秘宝.comの存在と『町山智浩のアメリカ映画特電』の関係

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2020年2月に洋泉社が宝島社へ吸収され消滅し、25年続いた『映画秘宝』の幕も閉じることになった。筆者は1999年に大判化する際、町山智浩氏に三才ブックスの『ゲームラボ』から引っ張られ1998年秋から洋泉社へ出入りするようになった。大判化して隔月刊化する準備を始めたタイミングだった……はず。

 

「なぜ映画雑誌でゲームなんかを紹介するんですか?」と伺うと「ファミ通だってゲームだけ紹介しているわけじゃないだろ。何かに特化した、その分野に長けるライターを集めているんだが、俺たちはアウトローなのでそれを理解だけしとけ」と常に編集部内でカリカリしていた町山さんからファーストコンタクトで恐々とするようなことを言われた記憶は鮮明に覚えている。

ある日、町山さんがギンティ小林含め、我々下っ端軍団を洋泉社近くの中華屋へ引き連れて行ってもらった時のこと。「俺たちが戦わなきゃいけない本当の敵はな、キネ旬やロッキンオンとか大した知識もなく権威ぶっている連中だからな!」と鼻息荒く声を大にしていた様子を見て、「この雑誌で仕事して俺たちは今後大丈夫なのかな……」と当時丁稚状態だった編集の松崎に呟いたら「もう俺らは後戻りできないから先に進むしかないでしょ」と、覚悟決める決心をその時に固めたんだっけなぁと。

で、ゲームのコラムを大判化な新創刊時から隔月刊で連載するようになり、ジャッキー・チェンが『バーチャファイター』シリーズを作ったセガに対して(酔拳使いのモーションをジャッキーの映画からトレースした話で)「お金貰ってない」とセガ側へ要求した事実を書いたらジャッキーファンの中年女性たちからアンケートハガキでボロクソ激怒されて、映画秘宝は若年層向けをターゲットにしてない雑誌なんだなと実感。

 

2002年に入ってから友人より会社を譲り受け、編集プロダクションと映画やゲームの宣伝業務を開始し、そのタイミングで宝島社にて広告営業+編集執筆の仕事も始めた。「折角だから『映画秘宝』にもタイアップ獲ってきたりなどで広告営業やりましょうか?」と田野辺さんへ相談すると「ドンドンやってこい」とのことになり、ゲームの連載コラムをやっていたアドバンテージを活用して数々のゲームメーカーからタイアップの仕事を獲得してくることに。2003年春に突如、編集の大矢から「7月に『映画秘宝』を隔月刊じゃなく月刊化していくんだけど何か良いネタはない?」と相談を受け、「だったら月刊化のお祝いってことで広告沢山獲って来るからオマケでDVDを付録で付けてみようよ!」と『映画秘宝』初のDVD付録を付ける計画を進める。祝月刊化ってことで各クライアントからの反応も良く、DVDのオーサリングしたり円盤中身の映像素材作ったりする予算も余裕でクリアでき、確か月刊化の時は800万とか900万円とか2カ月で集めてきたんじゃなかったかな。まさにDVDとゲームのバブル全盛期(笑)。丁度、洋泉社から映画秘宝編集部で広告営業用の名刺を作って各クライアントへ「夏に月刊化しますので」と挨拶がてらバラ巻き出したタイミングも良かったと思う。

この月刊化を機に広告営業もさらにしやすくなり、『映画秘宝』本誌内でゲームのタイアップ記事が増えていく。と同時にゲームをやらないアンチな読者からのヘイト値もあがっていくんですけども、雑誌を作る……特に月刊誌なんて広告が入らないと長く続かないんですよ。まぁ、その辺を読者の方々へ理解してくれっていうのもエゴイズムになってしまうので文句言われてもこちらは完全裏方業務なので我慢するしか選択肢はなかったんですけどね(苦笑)。

広告営業を行なっていて気付いた点があった。紙媒体への出稿料金が徐々に減ってきていたのだ。それはクライアント側に予算がないだけではなく、WEBメディアへの関心の高まりを営業先の現場で感じ始めた部分もあり、順調に売れている『映画秘宝』もいつかはWEBへシフトしていく必要性があるのではないかと編集部に提案を始めた。確か、2006年の春ぐらいだったかな。前年にYouTubeなる動画共有サービスが始まり、日本では浸透度があまりなかったものの、二カ月に1回の頻度でアメリカへ仕事で行っていた時にYouTubeの盛り上がりを目の当たりにしたことで、日本のメディアも変わっていくだろうっと直感する。そして編集部へ「動画をメインにした映画秘宝.comを立ち上げましょうよ」と提案するも「人手が足りない」と玉砕。「もっと皆さんも危機感を得ましょうよ。WEBメディアの時代が間もなくやってきますから今のうちにWEBを立ち上げるべきなんですよ」とプレゼンしても、当初は田野辺さんしか理解してくれず……。それもそのはず。当時の『映画秘宝』本誌は売れまくっていて勢いが凄かったのだ。こちらから広告営業行かずともクライアントから「何かタイアップできないでしょうか?」とお願いされるぐらいオンリーワンなポジションをキープできていた。

二カ月ほど広告クライアントへヒアリングしたデータをもとに夏前に再び編集部で映画秘宝.com立ち上げのプレゼンを今度は大矢にしたところ「本誌とWEBで広告連動とかできるようであればやろうか」との話が進み始める。当時の編集部は大矢と吉田の二人で広告営業を行なっていたから、まずはお金集めを最優先事項で映画秘宝.comをローンチさせようと、2006年7月末に行なうことで進める。編集部で「WEB立ち上げに協力できる人いますか?」とお願いしても誰も手を挙げてくれない(誌面作りで忙しいから当然だけどね)。何もコンテンツなく立ち上げても誰も見にきてくれないし、勢いのあった”映画秘宝”という看板があるのでWEBメディアを失敗するわけにもいかない。

映画秘宝.comは表向きではYouTubeに影響受けたことで動画中心のサイトとしていたが、裏テーマでは映画ライターの高齢化問題による受け皿になれればとの思いがあった。映画ライターが高齢化になればなるほど仕事の発注が先細るであろうとの考え。それと『映画秘宝』本誌は今は安泰で売れまくっているけど、それがいつまでも続くとは思えないことも理由のうちの一つ。本誌では引き続き広告営業の裏方メインで仕事をしていくのは変わらないが、WEBメディアを立ち上げる大変さを知ることになる。取り敢えず自分の私財を売り払い500万円が用意できた。これだけあれば1年間はなんとか持つだろうとの見込み予想。

なんとか無理矢理に予算が工面できたので、次は魅力的な大物をレギュラーコンテンツで引っ張って来なくていけない。秘宝のライター陣に声をかけるも本誌のほうで手一杯とWEBへの関心度が低くて絶望的になった……ところ、田野辺さんに相談したら「町山さんに連絡してみろ。あの人なら助けてくれる。タイミング的に今は秘宝ぐらいしか忙しくないだろうから」。そして国際電話で町山さんへ連絡し、WEBメディアを立ち上げる話を諸々したところ「文章書くのはちょっと余裕ないから今流行りのポッドキャストだったらやろうか?」と助けてくれることで合意。この時の吉田の心境は『映画秘宝』本誌は新日本プロレスで『映画秘宝.com』は分派したインディープロレス団体の様相。前田日明選手が立ち上げた第一次UWFみたいなもん、とプロレス村的に解説すればきっとわかってくれる方もいるはず。

 

500万円の手持ち予算でWEBメディアを作っていくには外注にバンバン出しまくったらスグに底は尽きてしまう。だったらインハウス、自分たちでなんとかやるしかないと考え、動画撮影機材の購入やら編集機材購入などの初期投資を済ませ、スタッフを揃える段階まで来た。吉田は本誌とWEBの双方向で展開できるような広告営業可能な裏方を担当しようとしていたが、編集長としてまわせる人間がいないとのことになり、選択肢がなくなったことで吉田が編集長を担当するはめに。吉田が広告営業じゃなくなったことでこれがのちに映画秘宝.com崩壊へ進む第一歩になるのだが……。

町山さんから『町山智浩のアメリカ映画特電』と題したポッドキャスト配信用音声が届く。これを聴いた瞬間、文章で伝えるのと違い、町山さんのハイオクタンガソリンを注入したような早口での狂いっぷりな喋りが面白く、映画秘宝.com最大の目玉になるなと手応えを感じた。町山さんには隔週で更新してもらい、”町山智浩”という存在を知らなかった人からも「このポッドキャストで喋っている方面白いです」と各方面から好反応を沢山頂く。

動画を売りにすることもあり、他では紹介されないエクスクルーシヴなネタを求めていたら、セガから「三池崇史監督が『龍が如く』の劇場版作るんですが取材に来ませんか?」とお誘いを頂く。ビデオカメラで密着することを了承して頂き、映画秘宝.comで映画製作中から独占で記事と映像で配信することが可能となる。日活撮影所や蒲田や横浜でのロケなど完全密着。動画コンテンツがWEBメディア立ち上げのタイミングでスタートできたのは大きなアドバンテージになるも、読み物記事がどうしても薄くなる。社内スタッフと外部スタッフ合わせて10人で映画秘宝.comを始めたものの、月~金まで週5日更新していくにはネタ枯れだけじゃなく内容の薄さが最大の敵になることは早くも感じていた……。

当初は大矢からも「本誌側からWEBへも徐々に協力していってもらう」と言っていたが……その気配は一向に訪れず、本当に旧UWF状態になってきてしまった。まだ映画秘宝.com開始して半年足らず。裏方業務が好きだったのであまり表に出ることには興味なかったが、オファーが来たら積極的にテレビやラジオへ出演したり、司会の仕事を引き受けたり、または取材を受けたりとか吉田自身の露出を増やしていき、町山さんのポッドキャストだけにアクセス数を頼りきっていたらダメになると思ったことから媒体価値を高めたり注目させたりする方向へシフト。

今では動画撮影した素材をWEB掲載との流れは当たり前になっているが、我々がチカラを入れてWEBを始めた2006~2007年は映画業界では閉鎖的だった。なぜならばWinMXやWinnyなどのインターネットを介したファイル共有で劇場公開前の映画が有志の手によって海外で流出している新作映画に字幕入れた動画や、日本の配給会社や宣伝会社がマスコミ用で貸し出しているサンプルDVDの映像が違法アップロードされまくっていた時代。これに嫌悪感を抱くのは映画会社側としても当然のこと……ではあるが、結果的に日本におけるWEB系映画媒体ではこの頃のアメリカのWEB媒体と比べるとオリジナルコンテンツとして監督の動画インタビューなど全然掲載されておらず大きく出遅れ感満載で、ロサンゼルスと日本を行ったり来たりしていたことから肌で温度差を痛感……。しかし、積極的にビデオカメラを持って取材先に行っては現場で直接交渉し動画撮影を試みる。映画の撮影現場やら監督やキャストのインタビューなど、撮れるものはなんでも撮りまくって映画秘宝.comへ掲載しまくると、他媒体との差別化が図れたことで”特殊な動画メインの映画媒体”としての認知度が上がる。

 

そんな最中、人気コンテンツだったポッドキャスト『町山智浩のアメリカ映画特電』の掲載に関してWEB更新担当と町山さんが揉めてメール上で喧嘩状態に。「おい、吉田! あの失礼な担当は何者なんだ? 頭に来るからもうポッドキャスト辞めるからな!」と怒りのメールが届いて揉めていることが発覚(汗)。速攻でアメリカへ飛んでハリウッドのルーズベルトホテルで町山さんと会う約束して謝罪。というか失礼なことを担当者がしたことに対し、怒りまくっている町山さんへ謝罪するためだけにロサンゼルスへ。

町山さんから相当な説教されるのを覚悟していたら……「本当に俺に謝罪するためだけにアメリカへ来たのかよー!」とゲラゲラ大爆笑してて、「そりゃそうっすよ。映画秘宝.comで大人気連載コンテンツを失うわけにいかないですから謝罪しに向かうのは当たり前のことですって」と返すと「別にそこまで怒ってねーよ。こっち来るっていうんで丁度いいかなって思い、WEBがどんな状況なのか聞きたかったしな」と。内心「数万円もかけて渡航費使ってLA来たっていうのに……このオッサン、トンデモねーな!」って思いつつも、やはり大先輩なので今後のアドバイスを色々伺い、「秘宝のライター連中が協力してくれないんだったら映画秘宝の看板なんて要らないんじゃねーの。自分たちで独自路線でWEBやっていったほうが将来性あるだろうし、秘宝だってあと10年、20年続くかなんてわかんないしな。俺含めてライター連中も高齢化してるし」と。この時のアドバイスがのちに映画秘宝.comを終了させて現在のエンタジャムへと生まれ変わる切っ掛けになったという裏話。

この頃の町山さんは今の飛ぶ鳥を落とす勢い……とは違い、サンフランシスコ在住だったためなかなか仕事にありつけず結構苦戦していた事実に驚く。「こっち(アメリカ)いると仕事なんかには恵まれないから実はかなり大変なんだよ。結構暇してるからなんかワリの良い仕事あったらまわしてくれよ」と、今の多忙ぶりからは考えられない町山さんの現状に「じゃあ日本帰ってくればいいじゃないですか」と返すと「いろいろヤラかしているし、娘がまだ小さいからそういうわけにもいかないんだよ」と。が、自身で結構暇してると語っていた町山さんを裏付けるのがポッドキャストの『アメリカ映画特電』の音声データがしっかり定期的に送られてきていたので「ああ、時間あるんだな……」と思っていたところ、2007年にクエンティン・タランティーノの『グラインド・ハウス』が全米で公開された辺りだったか、日本からの仕事もめちゃくちゃ多くなっていっていたようでポッドキャストの更新データの遅延が増えていく(笑)。我々WEB編集部からは常に催促していくも「ごめんなさい。遅れてます」との返答も増えていく。執筆仕事が増えまくっていたのは知っていたけども、吉田からはウチのWEB担当者に「町山さんに逃げられないよう容赦なく徹底的に催促を!」と伝えておいたので、実は更新を遅れさせないよう煽りまくらせていた裏事情(苦笑)。

 

映画秘宝.comで編集長やっていて一番印象深かった想い出は、北村昭博という初めて聞く謎の映画監督から「ハリウッドで映画を撮っている俺を取材しないと一生後悔しますよ!」という内容のメールが届いたこと。不躾すぎる頭のおかしい人はハリウッドって相変わらず多いなぁって思っていたんだけど、その奇妙な売り込み、そしてイカレている人が好きだったので急遽渡米してこの謎の男を取材。メールでは数回やりとりしても「タランティーノをビックリさせるような男になりますから」などのビッグマウスを連発。こんな面白い謎の男を取材するにあたり、「どんな男か謎すぎるんだけどインタビュー取ってくるから映画秘宝の本誌でも扱わない?」と言っても「そんな良くわからんヤツのために貴重なページは割けない」と眼中にない。至極当然の判断(笑)。ならば、と映画秘宝.com独占で北村昭博という謎の男をインタビューするために渡米(毎回こんなことばっかやっているけど当時の航空会社では燃油サーチャージというタクシーやバスに乗ったらガソリン代も客側が払え、みたいなのがなくLA往復45000円前後で行けたから)。この無名極まりない謎の男はのちに『ムカデ人間』で先頭の日本人役を獲得し、ウンコを女性に食わせる最悪な日本人として世界中に顔と名前が知られるようになった北村昭博君。取材した頃は映画監督で食べていくつもりだったが、役者稼業に『ムカデ人間』以降シフト。取材以降仕事やプライベートでも親友関係になった北村君ではあるが、役者になって確かにタランティーノをビックリさせたし、リベンジとばかりに映画秘宝本誌ではカズ(最後の編集長・岩田和明)が北村君とは同い年ということからシンパシー受けたようで積極的に編集長就任前から本誌で扱うようになる。ちなみにカズは吉田が『ジェイソンX』の宣伝している時からイベントに何度も足を運んでくれていたり、彼が2004年にミリオン出版の『GON!』編集部へ雑誌編集のイロハを知らずに入社した時から映画業界のノウハウを教えたりとか実はかなり長い付き合い。そんな男がまさか映画秘宝の編集長までたどり着くとは……人生って面白いよね。

と、順調に進んでいた映画秘宝.comでしたが、洋泉社との契約云々などの諸事情で2007年12月末で映画秘宝.comの閉鎖が決定。わずか1年5ヵ月で幕を閉じることになる……はずが、以前町山さんから「独自路線でWEBやるほうが将来性がある」との教えもあり、サーバー解約したりなどするつもりだったところ、まだ500万円用意していた資金のうち100万円ぐらい残っていたので、それを使ってエンタジャムとして完全に独立。と同時に映画秘宝.comで展開していた唐橋充さんなどの人気連載コラムや不定期連載コンテンツなど含めすべて終了させ、『町山智浩のアメリカ映画特電』のみ残し、映画秘宝.comからドメインチェンジして中身をエンタジャム用に総入れ替え。同時に吉田は編集長を降板。エンタジャムでは編集ライターとして専念。映画秘宝.comでデスクを担当していた原口はモバイルサイトの映画秘宝クラブを2007年11月からスタートし、編集長業務を行なう。ちなみにこの映画秘宝クラブはのちに映画野郎として独立し今に至る。ここまで分派していくと完全にプロレス団体な様相。

2008年から映画秘宝.comがエンタジャムへと独立して生まれ変わってもメインイベンターは町山さんの『町山智浩のアメリカ映画特電』は変わりなく前面に押し出していく。と、これまた順調に進んでいたエンタジャムでしたが、映画・ゲーム・アニメを中心にしたことで若い層の取り込みも成功した裏では『アメリカ映画特電』の更新頻度が鈍っていく。町山さんが超売れっ子の映画評論家になってしまい、激務から何度催促しても更新が遅れることしばしば……。まぁ、吉田からしたら映画秘宝で拾ってくれた身内側の先輩でもあるので時間ある時に更新してもらえればいいでしょ、と放置していたら全然更新しなくなる事態に(汗)。今の多忙さを見れば仕方ないんだけど、2018年10月に吉田がリハビリで入院していた病院へ町山さんがお見舞いに来てくれた際「何年も放置気味なアメリカ映画特電の更新を……」と言いかけたら「あー、ごめん! 落ち着いたらやるやる!」との約束を頂く。実は何年も更新されていないけども、いまだにファンは待ち続けているんで”やるやる詐欺”にさせないよう、早く売れっ子映画評論家じゃなくなってもらいたい(本音)。2020年1月21日をもって映画秘宝も休刊になったので、そろそろ再び催促するタイミングが来たかもしれない♪

 

【畑編集長の一言コメント】

実は僕も過去に映画秘宝さんで一度ダース・ベイダーに関連したコラムの執筆でお仕事させていただきました。

当時は図書館で読んでいた雑誌に書くことになるとは思ってもいなかったので、メチャクチャ必死になって書き込んだのを覚えております。

今回の休刊は大変残念ですが、編集部の方のこれからのご活躍を遠い空より願っております。

現在映画秘宝のDNAを引き継いでいるエンタジャムでは新規のWeb番組の立ち上げにスポンサーを募集しております。

この番組はYouTube、ならびにPeriscorpeの同時配信で、広告は純広告(PRコーナーの設置)やCMのように差し込みます。

この番組はWeb番組故に地方で打たれているものを出稿していただくと、さらなる告知効果が高まることが期待できます。

もちろん町山さんの「アメリカ映画特電」への広告出稿も可能です!

読者の皆様のお勤めになる企業様で広告を打ちたいという方はぜひ編集長の僕のTwitter:https://twitter.com/cefca_vaderか、吉田のTwitter:https://twitter.com/YoshidamianのDMもしくはTwitter内にありますメールアドレスまでご連絡いただけますと幸いです。

今後ともエンタジャムをよろしくおねがいします。

 

 

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