映画レビュー 『未来を生きる君たちへ』



『ある愛の風景』や『アフター・ウェディング』等で国際的に高い評価を得たデンマークの女性映画監督スザンネ・ビア。流れるようなストーリングテリングと圧倒的な心理描写を誇る彼女の新作『未来を生きる君たちへ』は、見事今年のゴールデン・グローブ賞、そしてアカデミー賞の外国語映画賞を獲得した。その原題は『復讐』、そして英題は『より良い世界で』を意味し、原題はタイトルに非常にインパクトがある一方で、英題は非常に曖昧だ。しかし、暴力も復讐もない、という“理想”を実はその2つのタイトルは物語っている。
スウェーデン人の医師アントン(ミカエル・バーシュブラント)は、デンマークで暮らす半離婚中の妻マリアン(トリーネ・ディアホルム)と2人の息子から遠く離れ、アフリカの難民キャンプで人々に医療を施している。彼の患者の中には、スーダンでの紛争の犠牲者のような、無惨にも妊娠した腹をナタで切り裂かれた者も含まれていた。アントンは崩壊しかけている家庭、そして異国の地で目撃する非道なる暴力に直面する。
アントンの長男エリアス(マークス・リーゴード)は、スウェーデン人の血が入っていること等を理由に、学校でいじめを受けているが、気弱な彼はいじめっ子に抵抗しない。そんなある日、癌で母を亡くしたクリスチャン(ヴィリアム・ユンク・ニールセン)が父クラウス(ウルリッヒ・トムセン)と共に、ロンドンから引越して来る。すぐに意気投合する2人の少年たちだが、クリスチャンはエリアスに対するいじめの巻き添えを喰らってしまう。父も仕事で忙しく、また母の死を受け入れられない苛立ちと怒りを押さえられないクリスチャンは、翌日、いじめっ子を鉄パイプで殴り病院送りにしてしまう。
それ以降も、良きロールモデルのないクリスチャンの怒りは留まる所を知らず、彼は暴力に心を支配されてしまう。アントンは、息子の友人であるクリスチャンに、暴力に暴力でやり返すのでは何も解決しないことを諭すが、それでは全く納得のいかないクリスチャン。そして、そんなアントンにも試される時が訪れる。彼が再びアフリカに戻ったとき、究極の決断を迫られるのだ。子供たちの前では復讐を否定したものの、いざとなるとアントンの心は揺らぐ。彼は人を罰せず、許すという決断をすることができるのだろうか。
非道な悪に報復することは果たして悪いことだろうか。人類の歴史を覗いてみると、真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発し、9/11からイラク戦争が始まったように、ほとんどの戦争は報復により始まっている。そう考えると、暴力を暴力で返すことでは何も解決しないどころか、事態をより醜い状態にしてしまっている。
また本作では、2つの家族を通してたまたまデンマークとアフリカが結ばれるが、場所はどこだって構わない。なぜなら場所は違っても結局人の心理は同じで、加えてそれは今も昔もほとんど変わらないからだ。スムーズな展開を好む監督のせいか、少々簡単に物事が解決させられる気がするが、原題とは正反対の意味である“許し”を提示するラストには心を動かされずにはいられない。これから社会を担っていく子供たちのために、そしてこれから生まれてくる新しい命のために、わたしたちは暴力も、復讐もない理想の世界を作り上げることができるのだろうか。
レビュアー:岡本太陽
未来を生きる君たちへ
8月13日(土)より、TOHOシネマズ シャンテ&新宿武蔵野館&シネマライズ他にて公開!
配給:ロングライド
(C)Zentropa Entertainments16

コメント

タイトルとURLをコピーしました