映画レビュー 『戦火の馬』

ヤヌス・カミンスキーが映し出す素朴な田舎の風景、オレンジ色の夕日、ジョン・ウィリアムズの紡ぐ壮大な音楽、俳優たちが演じる素直で嘘のない人々、そして美しい馬。リアリティを追求し、皮肉的な物語が好まれる今日に、その流行に逆らうかのように現れるのが、今年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた、スティーヴン・スピルバーグ監督の『戦火の馬』。皮肉やオチのない全くの純粋なそのストーリーテリングに、例えば『風と共に去りぬ』などの古典的な映画を観ているかのような気持ちにさせられてしまう近年では非常に稀な作風だ。

本作はマイケル・モーパーゴの児童小説が基になっており、ニック・スタフォードにより『軍馬ジョーイ』として戯曲化もされている。物語は20世紀初頭のイギリスで幕を開け、デヴォンという小さな村に住むテッド・ナラコット（ピーター・マラン）が畑を耕すために馬ジョーイを競売で購入する。農耕には不向きなサラブレッドの血の入った馬を購入した夫を妻ロージー（エミリー・ワトソン）は叱るが、息子アルバート（ジェレミー・アーヴァイン）は若くて美しいジョーイを可愛がり、馬と絆を深めていく。しかし、第一次世界大戦勃発とともに、ジョーイは軍馬として売りに出されてしまい、意志とは関係なく、彼の国境を越えた旅が始まる。

本作の非常に特殊な点、それは人間ではなく馬が主人公で、その周りで人間のドラマが展開していくこと。戯曲では馬は大きな操り人形が使われているが、スピルバーグは本作に本物の馬を使い、非常に繊細な生き物の心情を捉えるため、その表情や目の動きを追っている。また、本作は戦争を扱っているものの、それによって命が翻弄されてしまうといった反戦映画とは少々異なるのも見所。もちろん戦争は残酷で、命や自由など、あらゆるものを奪ってしまう。しかし、本作では例え戦場であっても馬によって人の持つ優しさが導き出され、人間の可能性に希望を垣間見る。

近年の映画のデジタル化にも流されず、フィルムで撮られた本作はまさにザ・ハリウッド映画。あまりに古典的な作風に、時代にそぐわないと抵抗したくなったとしても、その抵抗はこの映画の前には全くの無駄に過ぎない。なぜならこの映画はある意味全く期待を裏切らないい作品だからだ。今日の映画はこうなくてはいけないという意識が払拭されたとき、この映画は魔法のように美しく輝き、そして異彩を放ち続ける。

レビュアー：岡本太陽

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