『イヴの時間 劇場版』吉浦康裕監督インタビューVol.1


エンタジャム編集部の今年上半期お勧めの映画の中の一本『イヴの時間 劇場版』の吉浦康裕監督にインタビューしてきました。


吉浦康裕監督
1980年生まれ。九州芸術工科大学(現在は九州大学芸術工学部)にて芸術工学を専攻。平成15年3月、同大学を卒業。大学時代にアニメーション制作を開始し、出品。卒業後はフリーでショートアニメーション制作を請け負った後、2006年1月に、初の作品DVD『ペイル・コクーン』を発売。2008年からシリーズ作品「イヴの時間」をWeb配信で発表。今春、ファーストシーズン完全版として『イヴの時間 劇場版』が公開予定。
 (編集)今回はSFの切り口でお話しをお聞きしたいと思っています。おそらく監督が好きであろうアシモフ、SF小説や映画。どういった作品が好きなんでしょうか?冒頭、クラスメイトが「二つで十分ですよ」とか『ブレードランナー』の有名なフレーズを話していたりしますが。
(吉浦監督)子供の頃に偶然親に買い与えられた「世界SF全集」全20巻というのがあってですね
(編)あかね書房のやつですか?
(吉浦監督)いえ、確か黄色い背表紙だったと思うんですが。小学校低学年向けの翻訳本なんですけど。今読んだらアシモフとかブラッドベリとか有名どころのSFを児童向けに訳したものだったんですが。それを読んで「合成怪物の逆しゅう」とか、それを読んだのがきっかけで小説、SFにハマったんですね。それもいわゆる古典的な割と初期の作品が好みになりましたね。その後も小説といえばアシモフだったりブラッドベリだったりアーサー・C・クラークだったり、日本人でも星新一から筒井康隆。特に筒井康隆さんは大ファンで(笑)いつかお会いしたいな~と思っているんですが(笑)最近はもう意図的にそれ以外の本を読むようにしているんですけど、根っこはもうSFですよね。
(編)『イヴの時間』では”ロボット””アンドロイド”という題材を扱ってますが、やはりSFというジャンルの中でもこのネタは好きなんでしょうか?
(吉浦監督)好きですね(笑)それもやっぱアシモフにあるような、科学的で理知的で論理的な存在としてのロボットというのが好きで。だから、人間社会の中にいるんですけど、こう、過度に化けものにもならないし、過度にファンタジーにもならない。ちょうどいい立ち位置のロボットという存在が好きで。逆に日本のアニメにおいてそういう描かれ方は、あんまりされたことがないような気がして。いつか自分でそれをやりたかったというのが昔からあったんですね。ファンタジーでもなくて、化けものでもなくて、あくまでも”科学的”なロボットとして。
(編)『イヴの時間』は、やはりアシモフの「われはロボット」を意識して作られているんですか?
(吉浦監督)意識していたわけではないですが、もちろん劇中に登場する芦森博士は明らかにアシモフ作品に出てくるスーザン=キャルヴィンなんですけど(笑)やっぱりロボットの生みの親といえばやっぱり女性というイメージなんですね。短編という形式をとったのはやはり、長江プロデューサーが出した条件が短編連作を作らないか。ということだったんですね。だから逆にそのフォーマットに合わせて作っていったというのがありますね。
(編)そうすると、やはり”ロボット三原則”ネタは、待ちに待っていたネタだったんですね?
(吉浦監督)そうなんですよ(笑)でも、ロボット三原則って突き詰めていくと、どんどんエンターテイメントから離れていく要素があるなと(笑)いう危機感もあったんですよ。使うんだけれども、うまい具合のところで感情的だったり、分かりやすいドラマに置き換えて、それ以上あまり突っ込まないという匙加減が気をつけたところですね。いわゆるロジック問題にいきすぎると難しく成り過ぎるんじゃないかとSFファン以外には届かないんじゃないかという危機感を常に持ってましたんで(笑)三原則をもっと突き詰めることもできたんですけど、やっぱ難しいですよね。
(編)ロボット三原則やルール、設定を軸にして(やっては”いけない”ことを”少し”する)世界を斜めから見てドラマを作りだしていくのが面 白かったんですが、何を意識して世界を組み立てていったんですか?
(吉浦監督)そうですね。やっぱり古典SFのロボット三原則とかいろいろあるんですけど、今回目指したのは、例えば一話の冒頭の朝。だるそうに起きてきて、そこにアンドロイドが出てきてドアを閉めて、リクオが歩いてきたところに姉ちゃんが眠そうに遮ってくる、みたいな地に足がついた、日常生活の中のロボットっていうのを大事にしたかったんですね。ですから、事件も人が死ぬとか、暴動が起きるとかではなくて、もっと日常目線の、それこそ恋愛ものだったり学校のちょっとしたドラマだったり、そのレベルの話でやったほうがきっとリアルなんじゃないかなというのはあったんですね。あとは、その基本的には、シリアスのところにはギリギリいかないということと、コメディを必ず入れるというのは一番考えたことで。さっきおっしゃった斜めから見るというのは、そういうことなんでしょうかね。
多分、本当に一家に一台ロボットが来たら、そのの挙動ひとつひとつが最初は気になったりするんじゃないかな~。と。もうちょっと日常感覚に近いような、ちょっと(アンドロイドが)充電する時にお腹をペロっとめくったのを見てドキッとするような。あの感覚をむしろフィーチャーしたかったんです。大きなドラマというよりも。そのためにはある程度日常をちゃんと描かないといけないので、そういう意味では3Dの背景というのは役に立ったんですけど。差別化したかったところは、そこだったんですね。
(編)昔からあるロボットものとの差別化という意味で?
(吉浦監督)そうですね。あくまでも日常を描く。それもちょっと思春期という言葉がちらつくような、”青い”感じ。というんですかね(笑)
(編)ロボットが出てくる作品で、ロボットが人間になりたいとか、人間がロボットに愛情を感じてしまうとか。そういったことはしたくないというインタビューを読んだ記憶があるんですが、生理的に受け付けないということですか?
(吉浦監督)愛情を抱くっていうのは、その世界に”いる”という描きかたで表現しているつもりだったんですが、それは単純にアシモフの価値観が好きで、それをなぞった。というだけなんですね。アシモフの作品に出てくるロボットはあくまでもロボットで。ロボットは自分のことをロボットと分かって、ロボットとして、ちゃんと存在している。自立している存在。それがすごい好きだったんですよ。それをなぞったということですね。
(編)人間とロボットが互いに違っている。ということを互いが認識していると。その中での日常生活の中での関係性ということですか。
(吉浦監督)強いて言うなら人間のほうがまだちょっと”分かってない”。どうロボットと接していいのか戸惑っている。ロボットは分かっているけれども、人間のほうはやっぱりまだ不信感を持っていたり。過度に思い入れをしている人がいたりして、それが社会問題になったりと。ですから、物語の最初のテロップで、ロボットは実用化されて久しいんだけれども、人間型ロボットは出来て日が浅い。アンドロイド社会が成熟する前の段階。そういうつもりで最初にあのテロップをいれました。
(編)ロボットのことばかり聞いて申し訳ないんですが(笑)ロボットというものを描くと、何故、人間が何なのかということが見えてくるんでしょうか?
(吉浦監督)いいですよ(笑)そうですね~。写し鏡といいますか。結局さっきも言った通り、アシモフの世界観でいうとロボットの自意識というものは揺るがないものですから、それに対して人間がどう反応するかは、全部結局人間側の描写になってしまうのかなと。ロボットが悩む訳ではなくて、悩むのは人間でしょうから。結局、接点を見るとこっちが軸がしっかりしているから、それに振り回される人間の描写になってしまうのかなと。と思うんですけど。あんまり考えたことがないので僕は(笑)
(編)『イヴの時間』の中でも少し触れられていると思いますが、人間とロボットはどう違うのか?という問題。もちろん体を構成物質や構造が違うんですが。心、例えば人を思いやる心や、人を傷つけないことが人間性とすると、その人間の理想がプログラムされたロボットはそれを忠実に実行しようとしますよね?そうすると、その、他者を”思いやる”という行為=人間性は、結果=アウトプットでは人間もロボットも同じになると思いますがどうですか?
(吉浦監督)そうですね。『イヴの時間』の中で、やっていることが結局人間とロボットは同じじゃないの?という描写は何話かで触れています。それなんですよね。逆に結局三原則も人間の理想とするものも同じだからこそ、『イヴの時間』というルールが設定された店の中に人間とロボットが入った時に、一方は人間らしさ、方や三原則で動いているけども、結局同じだから区別がつかなくなる。っていうギミックには使えるなと企画の初期の頃に思った記憶がありますね。
 (編)今回の劇場版の演出では、どういったところを意識したり直したんですか?
 (吉浦監督)そうですね。ひとつはWEB配信版でやり残したことが沢山あって、ちょっと時間がなくて不満なところがあったり。WEB版は小さい画面を想定していたので、撮影処理とかも大げさだったり。1話完成した時期と6話が完成した時期って一年くらい離れているんですが、それで1話を見ると撮影処理と編集がいまいちだなと思う箇所があったりしたので、そういうのをもう一回やり直そうと思ったんですね。それで編集を全部詰め直して、大画面で観ることを前提に撮影ももう一回丁寧にやり直して、音響演出もちょっと変えて、前に音楽がついていなかった箇所に音楽をつけたり、そうして全体で一本の映画に見えるように編集し、橋渡しのシーンとして新規シーンを加え、さらに音響も映画館仕様にして、2チャンネルなんですけど、かなり立体的に作られていて。つまり劇場で体験するために全体的にブラッシュアップした。っていう感じですね。特に背景が3Dですので、割とハイビジョン映えするんですね。そのへんですね。あとは、やはり一番売りにしているのは新規シーンですね。あれはやっぱり『イヴの時間』の配信版6話を通して、腑に落ちないというか、やりきれなかったことがあって、あそこにある程度の答えを半分チラ見せするくらいな~というのがあって。あとは一部セリフも変わっているところもあって、WEB配信した後にいろんな意見をいただいて、全部それを受け入れるわけではないんですが、明らかにこれは確かにそうだな。という意見もあって、そこは直しましたね。
(編)具体的にどの箇所ですか?
(吉浦監督)たとえば3話なんですが、リクオがあまりに空気が読めなさ過ぎるという(笑)それで6話を収録する時に福山さんに録り直しをお願いして、ちょっと申し訳なさそうにリクオが言うという感じに変えました。それに合わせて表情も変えたりとか。画に関しても細部で不満足な箇所は直したりしてるんで。劇場版はつまり完全版という感じですね(笑)
(編)答えづらい質問だと思いますが、この作品は、どのくらい未来を想定しているんですか?
(吉浦監督)それはボカしているんですけど(笑)アンドロイド以外のものに関しては、割と近い未来の風景のつもりなんですね。学校の風景だったり、黒板がタッチスクリーンだったり、机に一個づつ中継機があったりとか、そこはまだありそうな感じの近い未来を想定してるんですが、アンドロイドに関してはオーバーテクノロジーですから(笑)なので、あえて時代設定はしませんでした。なので、新聞が出てくるシーンでも記事は細かく書いてあるんですけど、日付は出していないんです。
(編)『イヴの時間』の中のアンドロイドには、実は感情があるのでは。と思うんですが、ロボットはルールがあるから感情を出していないだけではないかと。逆に人間は、ロボットが感情を出している場面を見たことがないから”勝手”にロボットには感情は無いと思っている。ということですか?
(吉浦監督)実際、表向きには無表情ですから、今のAIなんてこんなもんだろうと思っている訳ですね。だから、イヴの時間の外にでると、”自粛”しなきゃてことで無表情になるけれども、でもリクオとサミイみたいに次第に信頼が深まっていくと、家でもちょっとずつ感情を出してもいいのかな?みたいな感じで徐々に感情が出てくる。そういう風なものを本当は全12か13話で描くつもりだったんですけど(笑)
 (編)最初の構想ではもっと話数が多かったんですか!?それが6話に圧縮されたことで謎が増えているんですか?
(吉浦監督)そうですね。カヨというクラスメイトの女の子も、本当はエピソード:カヨっていうのを考えていたんですよ。でも、まあ今回は6話までということで描けなかったりと。
(編)話が飛びますが、アシモフ作品の中で一番好きなロボットってなんですか?
(吉浦監督)やっぱり「鋼鉄都市」のダニール・オリヴァーですね(笑)
(編)この世界観って完全にブレードランナーの世界の元っぽいですよね?
(吉浦監督)SFの分野に正統派のミステリーを持ちこんだのってアシモフが最初だと思いますし。どこまでいっても、ダニール・オリヴァーはロボットですし。でもだんだん彼が好きになっていく感覚という、主人公のイライジャ・ベイリに共感できるんですよね。最初は何このロボットっていう感じが、だんだん仲間になっていく感じが(笑)。いわゆるデコボココンビが無理やり組まされて、だんだん打ち解けてくるバディものの一番最初らしいんですよ。
(編)「鋼鉄都市」の続編「はだかの太陽」はどうですか?
(吉浦監督)読みました。でも正直だんだん面白くなくなっていくんですよ(笑)理屈優先になっていって、エンターテイメント性がなくなっていくんですよ(笑)だから、この「鋼鉄都市」が一番バランスがいいんです。うまい具合にミステリーとSFが絡んでいるという。
(編)唐突ですが、ドーム都市とか好きですか?
(吉浦監督)好きですね~(笑)前作の『ペイル・コクーン』はまさにそうですね(笑)ドーム都市とか、階級とか。ランクによって個室が使えるとか。いいじゃないですかその設定(笑)メトロポリスとか好きですし。「鋼鉄都市」で特に好きなのが、階級が上がって自由に使えるようになったんだけど、それを主婦仲間に言うとハブられるから気をつけなきゃいけないという、その感覚も好きなんですよ(笑)
(編)自分の家の旦那が出世して、団地の奥様方に陰口を言われるみたいな感覚ですね(笑)
 (吉浦監督)あれがうまく書かれているんですよ(笑)
(編)共同浴場を使ったりとか、確かに妙に所帯じみてますすよね
(吉浦監督)主婦も結構気をつかうのよ。という感覚がすごく面白いですね。
(編)『イヴの時間』もちょっと所帯じみているのは、そこからなんですか?
(吉浦監督)ええ。そういうのが好きなんですよ(笑)
(編)確か、他のインタビューで「鋼鉄都市」を映画化したいとおっしゃていましたね?
(吉浦監督)アシモフの作品は映像化に恵まれていないんです(笑)
(編)「鋼鉄都市」は一回も映画化されていないんでしたっけ?
(吉浦監督)そうですね。メジャーで映画化されたのは『アンドリュー NDR114』だけですね。しかも、あれも満足な出来ではないですよね(笑)
(編)『アンドリュー NDR114』は、どこが不満なんですか?(笑)
(吉浦監督)200年間生きたロボットの長い人生を描いているので結構好きなんですが、やはり全体的に子供向けになっていて。例えば充電するシーンとかで、コンセントを挿して、充電池がピピピピッと光るところとか。非常に子供っぽいところとか。
(編)スピルバーグの『A.I』は?
(吉浦監督)あれは結構好きですね。
(編)あれは同じ愛でも、「人間に愛されたい」という命令がプログラムされたロボットですよね?
(吉浦監督)あれはプログラムされているからOKですよね。しかも、その命令は絶対に解除できないとうのがすごく切ないですよね。だから人間が全て死んでも母親のことを想い続けなければならないという、ロボットらしい不器用さと切なさがうまい具合に使われてますね。最後はトンでも展開ですけど(笑)
一同爆笑
(吉浦監督)ただ、人間になりたいロボットが最終的に人間が滅んだ後も存在して、唯一の人間になるという逆転現象は面白いと思いました。ただ、スピルバーグ的なものを期待した方はビックリしたと思いますけど。でも、キューブリック作品だと思うと、しっくりきますよね。
(編)ウィル・スミスの『アイ・ロボット』はどうですか?
(吉浦監督)あれは別物ですね(笑)一番残念なのは、アクション物になったことではなくて、ロボット三原則を破るロボットが良いロボットじゃないですか。
(編)教授を殺したロボットですね?
(吉浦監督)そうです。あれって自殺幇助なんですよ。アメリカらしいのはルールを破るのが良いロボットというのが、エーッ!?という感じで(笑) Vol.2に続く
『イヴの時間 劇場版』



原作・脚本・監督:吉浦康裕/キャラクターデザイン・作画監督:茶山隆介/音楽:岡田徹
主題歌:Kalafina 「I have a dream」(SME Records)
アニメーション制作:スタジオ六花/制作:ディレクションズ/配給:アスミック・エース
リクオ:福山潤/マサキ:野島健児/サミィ:田中理恵/ナギ:佐藤利奈
アキコ:ゆかな/コージ:中尾みち雄/リナ:伊藤美紀
チエ:沢城みゆき/シメイ:清川元夢/セトロ:杉田智和
ナオコ:水谷優子/芦森博士:山口由里子/カトラン:石塚運昇
マサキ(少年期):三瓶由布子/テックス:斎賀みつき/アツロウ:野島昭生
2010年日本/1時間46分/ヴィスタサイズ/STEREO
[公式サイト]
c2009/2010 Yasuhiro YOSHIURA / DIRECTIONS, Inc.

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