『エセルとアーネスト ふたりの物語』アニメーター ポール・ウィリアムズ氏独占インタビュー

【取材・文 畑史進】

9月28日に岩波ホール他にて、アニメーション映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』が公開される。
本作は『スノーマン』『さむがりやのサンタ』『風が吹くとき』の絵本作家レイモンド・ブリッグズが自身の両親の人生を描いた作品。2016年にイギリスで公開されてから実に3年越しの時を経て日本で公開される。
本作は『風が吹くとき』や『スノーマン』などの原点とも言える部分も作中に含まれており、両作品を鑑賞した人にとって懐かしい気持ちにさせてくれるだけでなく、かつての作風に寄り添った手描きアニメーションが特徴的とも言える。

この度、今作に参加したアニメーターのポール・ウィリアムズ氏にインタビューを敢行。日本に在住しつつもヨーロッパでのアニメーション制作に参加する過程などを伺った。

Paul Williams ポール・ウィリアムズ
1976年イギリス生まれ。2003年からアニメーターを務め、イギリス、ドイツ、フランス、ルクセンブルグ、スペインなどヨーロッパ各国の長編アニメーションに参加。主な作品に『イリュージョニスト』、『レッドタートル ある島の物語』、『コングレス未来学会議』、2018年アヌシ―国際アニメーション映画祭で、最高賞を受賞したデニス・ドゥ監督の『フナン(未)』などがある。2018年4月より日本在住。

—非常に丁寧に描かれていてこんなに温かみのある作品に出会えてよかったと思います。
ポール:ありがとうございます。私自身この作品に関われたことは大きな喜びで、やはりこういったイギリス的な映画を違った文化を持つ国の方が評価してくださることに嬉しいですし、それと同時に国は違っていても家族の描かれ方というのは共通しているのではないかと思います。

—僕も『スノーマン』『サンタクロースの休日』『風が吹くとき』を一通り観ていて、イギリスという国はミスター・ビーンとジェームズ・ボンド、ハリー・ポッター、サンダーバード、そしてレイモンド・ブリッグズのイメージが凄く強いですね。
ポール:本当かい?レイモンドが聞いたら喜ぶよ!

—ポールさんはなぜアニメーターになりたいと思われたのでしょうか?
ポール:私が覚えている最初のアニメーションはレイモンド・ブリッグズの『スノーマン』でした。子供時代からいつも画を描いていましたが、その画がアニメーションになるとはその頃は考えてもいませんでした。
たぶん『スノーマン』のラストにスノーマンが死んでしまうそのストーリーに惹かれたんだと思います。そして、美術の教育を終えた後にアニメーションというのは人の心に訴えかける一番有効な手段だかと思いました。アーティストとしての目標は人に何かを感じてもらうことなので、キャリアとしても有効ではないかと思ってこの道を選びました。

—なぜそこから日本に来てアニメーターの仕事をしようと思ったのですか?
ポール:大きな理由として日本の文化に興味があり、様々な場所へも旅行しましたが、私自身がイギリスの田舎町の出身であったこともあり、特に日本の田舎町が大好きになりました。また、これはヨーロッパと日本の共通点だと感じたんですが、人間を描く際歳に白と黒の勧善懲悪ばかりでなく、その中間のグレーの部分を描くことが多いことに惹かれました。そしてアニメーターとして日本で色々な人と仕事をすることで学べる部分とが多いと感じています。

—最近TVアニメーションに関わられたりしたのでしょうか?
ポール:私は映画作品を中心に仕事をしており、CMに携わったことがありますがあまりTVアニメには関わったことはありません。TVアニメーションは映画とは違う別に難しいスキルを求められるので、キャラクターのあり方という部分で、私は映画を主眼においています。日本のアニメのやり方を学ぶためにTVアニメーションに少しは関わったことありましたが、やはり自分としては映画のアニメーターとして重きをおいています。

—ヨーロッパのアニメの仕事を日本でされていますが、ワークフローはどの様になっているのでしょうか?
ポール:ヨーロッパでもフリーランスのアニメーターをしていたので、日本に来てから変わったことというのは無いのです。スタジオで仕事をすることもありますが、自宅で作業をするときには絵コンテを貰ってからシーンの説明も貰って、監督とスカイプ通話をして、色々と注意点を聞いて制作に入って、その都度変更や手直しに入ったりします。
日本の進め方はそういう感じではないのは知っています。動画の人と原画の人が分かれていますが、ヨーロッパは実際にそのシークエンスを描く人に権限が与えられていて全部が任され、最後に「クリーンアップ」といってアニメーターごとの癖を整えたりして、最終的に完成まで持っていきます。

—ポールさんが本作で担当されたシークエンスは何処だったのでしょうか?
ポール:アーネストがエセルのお母さんに会いに行くところと、朝鮮戦争のシークエンス、同性愛について二人が庭で語らうシークエンスと、アームストロングの月面着陸をテレビで見る場面ですね。

—どれも2人が微妙な表情をするシーンで難しかったんじゃないですか?
ポール:自分ではむしろラッキーだと思います。特に月面着陸の部分はセリフからもわかるように彼らの会話は噛み合っているようで合ってないんです。そこがコメディみたいになっている部分も少し悲しいですよね。エセルの認知症が進んでいるからなんですが、このシーンは特にそうした背景をどうやって感じさせるかに力を入れましたし、要求もかなり高かったです。ここの表現の仕方はイギリスのアニメの特徴がよく出ていると思います。

—レイモンド・ブリッグズの作風自体かなり情報量の多い傾向がありますが、これをアニメに落とし込むにはどういうところに注意を払いますか?
ポール:まずは共感することですね。私の場合は自分の祖父母のことを思い浮かべて、エセルとアーネストに重ねて共感しながら描きました。やはりアニメーターの資質として必要なことは描いている対象に心を寄せることだと思います。私の祖父も具合が悪いとこのように毛布をかけてソファーに横になっていました。
そのうえで気持ちを抑制して心を寄せすぎないよう客観視することも大切なことです。

—当時使われた道具も写真等の資料を引っ張り出して描くのは一苦労だったのでは無いでしょうか?
ポール:ここも日本のアニメとの違いですが、ヨーロッパの場合はキャラクターを描く人と小道具を描く人がそれぞれ分かれている場合が多くて、日本の場合は一つのシーンを全部同じ人が担当することが多く、その点日本の方がクリエイティブに長けていると私は考えています。両方とも長所と短所が有るかと思いますが、ヨーロッパの方がキャラクターのみに集中できるのは、制作におけるコントロールがしやすいと言えるかもしれません。

—イギリスの人にとってのレイモンド・ブリッグズとはどのような立ち位置の人なんでしょうか?
ポール:『スノーマン』がBBCで放映されていることもあって多くのイギリス人が一度は必ず観ているであろう作品の原作者で、あらゆる世代が読める本、触れられる作品を手掛けていることにおいて多くの人にインパクトを与えた偉大な絵本作家だと言えます。
『スノーマン』以外にも文化的、そして政治的にもメッセージを投げかけた作品が有るということで大変大きい存在です。

—イギリス人の階級社会についてあまりピンとこなかったのですが、本作の背景についての階級社会を少しばかり教えていただきたいのですが
ポール:実はこの作品では階級についてはセリフに出てくることはあってもそこまで顕著なものではありません。ただ、示唆する部分は結構出てきます。
例えば、エセルのお母さんに会いに行くシーンの会話からエセルの兄弟が幼くして亡くなっていることが分かり、あまり治療費にお金が出せなかったという点でアーネストと変わらない労働者階級だと分かります。一方、アーネストは話し方からも、映画冒頭で馬が糞を落としていく馬車通りに住んでいることからも、アーネストのお母さんのふるまいからも、炭鉱夫の家系、労働者階級の色濃さが最も出ている人物として描かれます。
エセルは割と裕福な上流の家庭のメイドをしていたことから、上流階級に感化されて、身につけた事もあったでしょうし、政治的な立ち位置もこの二人は違っていたのですが、それを超えてこの二人は愛し合っていたというところが大事な部分だと思います。

—これからポールさんはどのようにキャリアを進めていくのか目標、野望があれば教えてくだい。
ポール:もちろん自分の心に持っている声をストーリーにする人に憧れはあります。そうした物語のアイディアを集めているところです。この先それが日本であれ、海外であれ活動している中で場所は問いませんが、当面は日本で学ぶことが多い修行の途中なのでまだはっきりとは見えていないです。

–最後にこの映画を楽しみにしている人たちにメッセージをお願いします。
ポール:この映画はある家族の物語でありつつ、一時代前にこういった生き様があり、戦争を乗り越えて生き残り、そして政治的文化的にも様々な瞬間をくぐり抜けてきたお話です。
この作品はこの世界の反対側に生きている家族、人々の生活に共通点を見出すという作品だと思います。『この世界の片隅に』に近い部分があって、同様にこの2つの作品に共通して言えることは、自分が何かをしたというわけではないのに、周りに起きたことに翻弄される作品で最期は死を迎えるまでが描かれます。

題名:
『エセルとアーネスト ふたりの物語』

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公開表記:
9月28日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー

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画像の©表記:
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

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≪作品データ≫
監督:ロジャー・メインウッド 
原作:レイモンド・ブリッグズ(バベルプレス刊)
音楽:カール・デイヴィス 
エンディング曲:ポール・マッカートニー
声の出演:ブレンダ・ブレッシン/ジム・ブロードベント/ルーク・トレッダウェイ
原題:Ethel & Ernest
2016年/94分/カラー/ドルビー・デジタル/ヴィスタサイズ/イギリス・ルクセンブルク/
日本語字幕:斎藤敦子/後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ

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