映画レビュー 奇才ミヒャエル・ハネケ最新作『白いリボン』


麦畑に風がそよぎ、収穫の時期には村人全員が手伝い、神が恵んだ一年の豊作を祝う。もう今やどこにもない素朴で「良き」生活のあるドイツの小さな村。それが昨年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した奇才ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』の舞台。『ファニーゲーム』『ピアニスト』等で、高い評価を受けながらも悪趣味で不快、と特徴付けられる彼の監督作品。『白いリボン』はそんな意見を払拭してしまいそうなのどかな田舎の風景を映し出すが、物語の展開に伴い徐々にハネケ映画の本性を露にしてゆく。

この物語は村に赴任して来たちょっとふっくらした顔つきの男性教師の記憶を基に語られる。第一次世界大戦前夜、医者の落馬事故をきっかけに村では死亡事故、放火、子供の失踪と次々と奇怪な事件が相次ぐ。警察でさえも原因は分からないこのプロテスタントの村で一体何が起こっているのか、村人たちの間に疑心暗鬼が渦巻く。まるでいくつかのハネケ作品を手掛けたクリスティアン・ベルガーの詩的で美しい映像が村の真の姿を覆い隠しているかの様だ。

男爵、牧師そして医者によって支配されるこの村。子供は虐待され、女はあさましいものの対象だ。牧師は一番年上の娘と息子に白いリボンを巻く。そのリボンはわがまま、嫉妬、下品さ、嘘、怠惰に屈せず、純粋で清い人間である事を思い出させるためのもの。直接的な暴力は見せないが、そこに住む権力者の持つ思想が子供達の無垢な心を蝕んでいく。子供に悪を植え付けるのは結局大人。この子供達は後にナチスとなり非道を繰り返すことになるのだ。

村人は誰一人として村に不穏な空気を作り出した犯人の正体が分からないが、外者である教師だけはそれが何者であるのかを突き止める。彼は子供の純潔さを信じないミヒャエル・ハネケ自身。とは言うものの、この映画では子供たちが犯人であるとも、彼らが虐待された事が原因でナチスは始まったと明確には言わない。ナレーターでもある教師がはじめに言う様に、彼が伝えたい事が絶対に真実であるとは限らず、長年たった今でも曖昧な事だらけなのだ。ただわたしたちは皆、真実を見るのを恐れ、子供を白いリボンで巻き、彼らを純粋なものとして見たいのだ。白いリボンは純潔さを思い出させるものであるどころか、偽善の証、そして残忍さを覆い隠す村そのものだ。

レビュアー:岡本太陽

カンヌ国際映画祭〈パルムドール大賞〉
ゴールデン・グローブ賞〈外国語映画賞〉
アカデミー賞〈外国語映画賞/撮影賞〉ノミネート 作品
『白いリボン』
12月4日(土)より、銀座テアトルシネマ他全国順次ロードショー
【スタッフ】
監督・脚本 ミヒャエル・ハネケ
脚本協力 ジャン=クロード・カリエール
撮影 クリスティアン・ベルガー
音声 ギヨーム・シアマ、ジャン=ピエール・ラフォルス
編集 モニカ・ヴィッリ
美術 クリストフ・カンター
衣装 モイデル・ビッケル
制作 ユーリ・ヌーマン
製作総指揮 ミヒャエル・カッツ
プロデューサー シュテファン・アルント、ファイト・ハイドゥシュカ、
マルガレート・メネゴズ、アンドレア・オキピンティ

【出演】
教師 クリスティアン・フリーデル
教師(語り手) エルンスト・ヤコビ
エヴァ レオニー・ベネシュ
男爵 ウルリッヒ・トゥクール
男爵夫人 ウルシナ・ラルディ
ジギ(ジークムント) フィオン・ムーテルト
家庭教師 ミヒャエル・クランツ
牧師 ブルクハルト・クラウスナー
牧師夫人 シュテフィ・キューネルト
長姉クララ マリア=ヴィクトリア・ドラグス
長兄マルティン レオナルト・プロクサウフ
末っ子グスティ(グスタフ) ティボー・セリエ
家令ゲオルク ヨーゼフ・ビアビヒラー
家令夫人エマ ガブリエラ・マリア・シュマイデ
長姉エルナ ヤニーナ・ファウツ
長男ゲオルク エンノ・トレプス
次男フェルディナンド テオ・トレプス
ドクター ライナー・ボック
助産婦 スザンヌ・ロタール
アンナ ロクサーヌ・デュラン
ルディ(ルドルフ) ミルヤン・シャトレーン
助産婦の息子カーリ エディ・グラール
小作人 ブランコ・サマロフスキー
長姉フリーダ ビルギット・ミニヒマイアー
長兄マックス セバスティアン・ヒュルク
次兄カール カイ・マリーナ
エヴァの父 デトレフ・ブック
エヴァの母 アンネ=カトリン・グミッヒ
2009年/独・墺・仏・伊合作ドイツ映画/1:1.85/モノクロ/2h24m
日本語字幕:齋藤敦子/資料協力:池内紀、高藤さおり
提供:デイライト、ツイン / 配給:ツイン / 宣伝:ザジフィルムズ
公式サイト http://www.shiroi-ribon.com/

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