映画レビュー 近年稀に見る究極の怪作『アンチクライスト』




幼い息子ニックをセックスの最中に亡くしてしまった夫婦(ウィレム・デフォー&シャルロット・ゲンスブール)が主人公のラース・フォン・トリアーの新作『アンチクライスト』。まずハイスピード撮影で官能的な夫婦のセックスと彼らに起こる悲劇をヘンデルのアリアに乗せて見せるオープニングは衝撃的だ。「女は本質的に邪悪だ」と妻が物語の中で言う様に、何か決定的な事が暴かれてしまうと、そのオープニングが物語る。
罪の意識に駆られる妻。彼女の苦しみの根源を探ろうとするセラピストの夫。精神療法のため彼らは、昨年の夏に、魔女狩りについての論文を書くため、妻が死んだ息子と訪れていた「エデン」と呼ばれる森の奥深くにある別荘を訪れる。彼女の罪の意識はセックスに対する嫌悪となり、それから女性そのものの存在が邪悪と考える様になり、その女性である自分は悪であるという思いに囚われる。そしてその思いが深層心理(聖域)を象徴する森で爆発する。本作でカンヌ映画祭の女優賞を受賞したシャルロット・ゲンスブール。観る者の背筋を凍らせてしまうの鬼気迫る演技が忘れ難く、また全裸での自慰行為も披露するなどまさに体当たりで役に挑んだ。



ラース・フォン・トリアー監督は今まで『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ドグヴィル』等の映画を手掛け、常に女性に執着してきた。本作では女性は邪悪な存在なのかというキリスト教の根本的疑問をまるで研究・調査するような描かれ方がなされている。実は本作を撮っていた時は鬱状態にあったというフォン・トリアー監督。彼はあるインタビューで「この映画には自分でも説明出来ない事が多い。ただ自分自身を解き放ったんだ」と語った。彼にとって本作を制作する事は鬱を克服するセラピーになったようで、妻の苦悩や痛みはフォン・トリアーが感じたものを表現しているかもしれない。
森という自然の中で難解な物語が繰り広げられる本作はアンドレイ・タルコフスキーに捧げられたものだという。撮影前に監督はキャストにタルコフスキーの75年の映画『鏡』を見せ、映画を正しい世界観に導いたため、ロシアの巨匠の精神性が本作にたゆたう。全く商業性を無視し、素晴らしい俳優に究極の演技をさせ、鬱とはいえ究極に贅沢な時間を過ごしたラース・フォン・トリアー。『アンチクライスト』は近年稀に見る究極の怪作だ。世界中を震撼させないはずがない。
レビュアー:岡本太陽
『アンチクライスト』
(原題:ANTICHRIST)
2月26日より、新宿武蔵野館、シアターN渋谷、
ヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー!
公式サイト:http://www.antichrist.jp
twitter→ @antichrist_jp
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